拝啓〇〇様

ほかの誰でもない、誰かに向けて

フィルムカメラの良いところの自分観点論

先日のエントリでもあげましたが、GoProを購入しました。こたけです。

 

www.kotake.work

 

沖縄の離島旅行のときにもって行って適当に使ってみましたが、こいつがなかなか優秀でして。広角や手ブレ補正でかなり多くのシーンで綺麗な映像が撮れます。何よりスマホアプリと連動して、その場で動画の確認や削除や編集、そしてSNSへの共有などができちゃいます。僕みたいな「面倒くさがりだけど撮った動画の編集はしたい」、みたいな人間にはとてもありがたい機能がいっぱいついています。

 

その際にふと考えたというか、デジタル媒体の写真とアナログ媒体の写真について思うところがあったので、忘れないうちにここに書こうと思います。どうも忘れっぽいので、忘れてもこのブログを見れば思い出せるように。

 

フィルムカメラと最初に出会ったのは、親父の部屋でした。

 

にかくアナログ的なもの(アンプ、プラモデル、パイプ、レコード等々...)を集めまくる親父だったので、フィルムカメラも10-20くらいは持っていたのではないでしょうか。実際撮っているところを見た記憶はないですが、何枚か僕と弟のフィルム写真はあります。この写真はとても好きです。

 

当時は親父のことが心底嫌いだったことも相まって、親父の趣味全般を毛嫌い(食わず嫌い?)していたので、これ以上何の思い出もないんですけどね。フィルムカメラとはそこで一旦縁が切れました。

 

カメラや写真自体を嫌いになりはしませんでした。

 

だ風景や思い出をよいかたちで写真にのこすのは好きになったので、大学生になってからニコンの一眼レフカメラを買いました。バリバリのエントリー機なのでバカにされることもありますが、夜景がきれいに撮れるのでとても満足しています。

 

そんな僕が最近フィルムカメラに浮気しかけているきっかけが、割と価値観が同じ知り合いがフィルムカメラをもっていたことになります。「どうしてわざわざフィルムにしたのか」ということについて話しました。

 

彼女が言うには、「フィルムカメラはだいたい20〜30枚までしか撮れないし、現像にもお金がかかるから、パシャパシャと適当に撮ることはできない。写真ごとにいろいろ構図やイメージを考えて大事に撮る。だからこそ写真一枚一枚の価値や思い出が深まる。」的なことを言ってました。それ以外の詳細は忘れてしまったのですが、僕はこれにたいへん感銘を受けたのです。

 

スマホやデジカメなどのデジタルな写真の良いところは、管理のしやすさです。

 

所を選ばず撮れて、消したり編集したり、見返したりがすぐできます。また質より数で勝負できます。失敗しても取り返しがつかない、ということはまずありませんから、深い考えなくパシャパシャとります。とりあえず連写しておくってのは、皆さんもギクッとするところがあるのではないでしょうか。僕はありますよ。飯の写真とか。

 

だからといっては何ですが、スマホの写真を見返してもそれ以上のことが思い出せません。画像以上に僕の記憶を呼び起こすものがありません。あぁこういう写真を撮ったなぁと思うばかりで、なぜ撮ってたかはさっぱりです。写真に写ってないところに誰がいるとか、何があったとか、どういう経緯でこういう写真を撮ったとか、皆さんはスマホの画像を見て思い出せますか?僕にはできませんでした。ここ最近の僕が悲しむ理由の1つがこれです。

 

アナログな写真には「画像の絵以外の情報も残る」。

 

たり前のものことですが、今更気づきました。絵に写ってない部分についての情報が、アナログ写真にはあります。例えば、写真を撮るまでのあぁでもないこうでもないという話し合いや、撮る時に感じたこと、撮った人や場所のこと。そういうこと当時の記憶の断片が、フィルム写真からは溢れて伝わってくる気がします。親父の撮った写真もフィルムだからこそ、当時の彼の気持ちや写真を撮った意味などを考えてしまいます。僕の家族にはもう何も残ってないはずなのに。

 

フィルムカメラの写真自体に情報が詰まってるというよりかは、情報が紐づけられているという感じかもしれません。その時感じたことが、フィルムカメラの写真を起爆剤として、次々と思い起こされる。そんな感じです。多分ね。詩的な表現は苦手です。

 

デジタルな世界にはついていくのは難しいですね

 

ジタルな社会はスピード感が重視されることが多々あります。特に東京はそう。人もモノゴトもとてつもない速さで過ぎ去っていきます。渋谷駅は人の移動速度に制限設けたほうが絶対安全な場所になるよ。チャットワークの返信は3日くらいは待ってあげようよ。それの方が生きやすくないかな。

 

僕は(そうしたいと思わなくても)1つ1つのモノゴトに立ち止まって考えこんでしまう傾向があるので、すぐに周りに置いてかれます。置いてかれるのは嫌なので必死についていこうとすると、考える間も無くいろいろなことを忘れて行ってしまいます。ヒカリの速さにはとてもじゃないけど耐えられず、大切にしたいと思うことやいろいろ考えたことを片っ端から忘れていってしまいます。悲しい。

 

思い出にすることと、思い出せなくなることは似ているようで全く違うものだと考えます。

 

までの人生は思い出せなくなっていいと投げやりになってしまうことばかり続いて辛かったですが、最近は思い出にしたいことも少しずつ増えてきました。思い出したくないことは全然減らないんですけどね。

 

そんな大したことじゃなくていいんです。日常の中にある、素朴な疑問や空気感、感情とか。昔住んでた家や脇道の通学路、何気ない一言で人を傷つけてしまったこと、洗濯のだるさ、洋服の匂い。そして何より、写真を撮った時の自分自身のこと。

 

どうせ忘れてしまう些細な今だからこそ、思い出したいときに思い出せるようにしておきたい気がします。全部忘れてしまったら悲しいから、思い出が欲しい。頑張ります。

フィルムカメラの購入に際し、オススメのものがある方がいらっしゃいましたらどうかご教授ください。以上こたけ。